空飛ぶさんしょううお

北から都会に出て来て根っこのはえつつある、しがない会社員の落書き帳です。ノスタルジックだったり頭でっかちだったりしながら思う存分好きなことを好きな表現で書きます。

憂鬱な気分とパンケーキ――代々木のカフェにて

16:30頃、30分ほど早く打合せが終わった。クライアントと、一緒に伺った代理店とでは、別件の話もあるらしい。私は一足早くその場を後にすることを空気的に促された。「あ、こちらまでで大丈夫ですよ」疎外感を封鎖して作りきった笑顔でエレベーターの方向へ向かった。

打合せ前、昼下がり、淀んだ目を覚ますためにお手洗いの鏡で笑顔を作った。今日初めて笑った。全力で口角をあげた。目の周りの表情筋が固まっており、眉や瞼が想像を超えて重たくて驚いた。目の奥がくすんで笑っていなかった。瞬きをしたりして、目の周りをほぐし、見られるレベルに整えてから打合せへ向かった。不思議と自分の得意業界の打合せは適当な業界の世間話などもはさみながらそれなりの話が出来た。代わりに自信のない領域となると途端にそのことが表情や態度に出てしまうのが悪いところだ。これは社会人歴が伸びてもあまり変わらない。私は「ジェネラリスト」より「スペシャリスト」のほうが向いているのではないかと思う。小耳にはさんだ話だと、どこかの外国では「スペシャリスト」というと、専門家=”それ”しかできないというレッテルを貼られた人、という意味になると聞いたが。

携帯電話の電池の減りも早くなった。半年しか使っていないにも関わらず挙動も重く、電池もすぐなくなってしまう。加えて今朝充電が出来ていなかったので、自前のテザリングを使わなければならないためひやひやした。電源があるカフェを検索した。駅の近くまで既に来ていたので、おしゃれなカフェは諦めてチェーン店で過ごすことにした。

代々木はいつ来ても薄汚い。新宿の華美な部分を削り、人口を減らしただけのような場所だ。重い返せば私が代々木駅を使うときは曇りか雨の日ばかりな気がする。ありきたりなカフェで、パンケーキを頼む。ここ最近はストレスから、食べたいときに食べるようにしている。15:00過ぎにハンバーガーを食べたばかりだった。焼くデザートの割に出てくるのが早いので、ある程度出来あいなのだろう。載せられたベリー類はまだ凍っていた。これでパンケーキ880円は高いと思う。でもNY発だのといったしゃれた店のこの類の食べ物が1500円くらいすることを考えたら、こんなものなのかもしれない。

ナイフで黙々と切り刻んでは、ベリーとクリームを乗せて、口の中に頬張った。人工的なミルクを含んでいるような味がした。粉ミルクのような味のするパンケーキ。左には男子高校生が猛勉強をしている、f(x,y)という文字が見えて懐かしくなった。大丈夫、そんながりがりしなくたって、私くらいの社会人にはなれますよ、なんて頭の中で回想した。夢中で鉛筆を動かし、消しゴムは勢いよく投げだされ、こつんと音がした。右には大学生がいた。初級の中国語の上に手帳が大きく開かれており「2女」という数字が見えた。ずっとスマホをいじっているあたり、勉強も飽きてLINEにでも夢中になっているのだろう。この様子もまた懐かしい。よくカフェで飲み物ひとつで凌ぎながら電源をもらい、携帯電話をいじりつづけたものである。高校生は一生懸命勉強した末に入ろうとしている大学で、こんなていたらくはしたくないだろうか?それとも、こんな女はご免だろうか?斜め向かいには同じようにカフェで仕事をするサラリーマンが見えた。ジャズと人の声でやかましい店内で仕事の電話をしていた。何か、問題でもあって調整をしているのだろうか。こうやって外で息を抜きたい気持ちは、痛いほどわかる。会社にいるとめまいがする。足元と脳の奥が浮遊感に冒される。1月から過食を止めるのをやめた。2月頃、左目が飛蚊症になった。4月頃、じんましんがはじまった。5月になって憂鬱さから抜けられなくなり、6月に入ると左目だけ視力が低下しつつあることに気付いた。これも、日に依るかもしれないが……身体の異変には気付いていた。しかし止めることも停まることも、自分には良く分からなかった。こうやって、消えていくのだ。「命を削る」という言葉を思い出した。日々の仕事に頑張って、成果を上げるために、寿命をすりがねおろしで粉にしているようなイメージだ。そもそも、この気だるい気持ちの因数をもう分解できなくなっていた。何が悪いのか、何がつらいのか。それを推測したりたどったり、原因分析が自分ではできなくなっていたのである。これはきっと重症なのだと思う。でも病院に行ってもどうにもならないし、これ以上朦朧とした頭で仕事はできないので、薬を増やしたり強くしたりする気もない。このまま凌ぐしかないのだ。その選択肢を自ら選んだのだから、粛々と受け止めるしかないのである。

ふと過食の罪悪感にかられ、かばんのポケットに忍ばていたダイエットサプリを手に取った。絵具の原色のような水色のカプセルで、見ただけで食欲が失せる。飲み込んでカプセルが胃で溶けると墨汁のようなにおいが食道から立ち込めてきて不快になる。脂の吸収を阻害するものだ。こんな気分を紛らすだけのものを摂取して、少しだけ罪悪感をとくこともストレス軽減のためだ。だから多分、このままでいいのだ。憂鬱な気分と、過食と、ダイエットサプリと、この繰り返しでどうせ、このままでいいのだ。

160606