空飛ぶさんしょううお

北から都会に出て来て根っこのはえつつある、しがない会社員の落書き帳です。ノスタルジックだったり頭でっかちだったりしながら思う存分好きなことを好きな表現で書きます。

お弁当箱とその中身。

「始めのうちは、わからないことが何なのかがまず自分で分別がつかないと思います。闇雲に質問するのではなく、今の自分の立場にとって、何の情報が必要なのか優先順位をつけて、分からないところを炙り出してから質問しましょう。

また、プレゼン研修の説明や資料の用意において、ふたつの軸で考えましょう。顧客がその提案を実施しようと思うための、ロジックとコンテンツ。お弁当の箱がしっかりしているか、あとは、どんなお弁当の具にするか、みたいな感じですかね。どちらのバランスも考えてください」

若輩者ながら、新人の配属前研修において、営業チューターを任せてもらった。1週間ずつ、2名の新人が入れ替わりやってきた。最終日にはプレゼンがあり、大義としては、おおよそ上記のようなことを伝えたように思う。

元来、人に何かを教えることは恐らく好きなのだが、折角なのでより学びのある機会にしたい、彼らの努力に応えたいと思うとどうしても必要以上に力んでしまう。時折偉そうなことも説教垂れてしまうのだが、自分を見直したり自分の頭を整理するきっかけにもなり、自分にたいしても大変学びの多い業務だ。

そんな仕事も営業の次のステップに良いなと思うのだが、より良い指導やより良いコンテンツの提供には現場感覚を忘れないことが肝要であることは身に染みて理解しているので、勇気を出して挑戦していくにはまだまだ未熟者だ……この話はまた気が向いたら。

さて、ここ最近久しぶりに自分に対面する機会が増えた。脳内で何度もルーティーンのように繰り返してきたことを、口から出して話すことが増えたのだ。

その過程で、自分は、いかにも主張が強く自我を貫くような素振りを見せて、中身のない人間かということに気がづいてしまった。意見や考えが浮かんだり、それをまとめるのは得意だが、何かの決断をするのが苦手だ。

自分が何かを推進するにあたって、客観的な判断、つまり第三者の意見や確認がないと押しきれない。端的に言うと自分の決断に自信がないということに気づいてしまったのである。

そんな“先輩”が後輩に偉そうなことを言ってもな、と思いつつ、人間には新しい局面がどんどん訪れ、その度に大人になるのだから、その直前は大人の一歩手前に決まっているのである。先行く人間は、後からきた人間と共に、きっと育つのである。

そんなことを思いながら、自分を受け止めてもらうための口実のために、上の人間を受け止めなければならない業のようなものを、感じたりもするのである。


160521-