空飛ぶさんしょううお

北から都会に出て来て根っこのはえつつある、しがない会社員の落書き帳です。ノスタルジックだったり頭でっかちだったりしながら思う存分好きなことを好きな表現で書きます。

睡眠

また、遅刻への緊張感でようやく起きた。気持ちよくすっきり起きることは出来ないものだ。
携帯電話のスヌーズを何度も止めてはまた目覚まし時計をかけてしまう、最初は数十分に一回、どんどん細切れになって、最後は頭のなかで100とか60とかを数える。それで、間に合わないくらいの時間になって冷や汗をかくのだ。

何度繰り返しても同じような朝にしてしまう。私には優雅にコーヒーや朝食を楽しむ朝は一生来ないのではないだろうか。

代わりに出先で急ぎ空腹に押し込んだコーヒーの、飲む前には芳醇だったであろう香りは次第に不快に口腔にへばりつきどろどろになったように感じてしまう。

自分が寝なかったせいで起こった眠気に対して自分でカフェインを無理矢理押し込んでおいて、自業自得なのだ。

それもまず、良質な眠りが得られていないことが、どう考えても大きい。眠れない。自分が恐らく、いわゆる不眠なのではないかと気づいたのは意外と最近のことだ。

寝入りに時間を要すること、何度か起きてしまうこと、目覚まし前に目を覚ますこと、どれも不眠の一部だという。まあ、病だと名付けることや"振り"をすることなどいくらでも簡単にできるのだけれど。

本当に眠れない日は、瞼の裏で得たいの知れないものが動き出す。時には所謂 蓮コラ に近い円の群れ、時には細長い魚のような物体たち。それが線対象のように並び規則的なような不規則なような動きを始める。そして止まらない。

さらにひどい日は、瞼裏の薄気味悪い幻覚を見たあと、6時間弱の睡眠で3回起きた。汗だくで起きた日もあった。寝坊しそうになっては起きる夢を何個も見て、最後は私は病気なんだと思って病院にいくと精密検査を勧められ、点滴を2本打ったらその血管がどんどん膨らんで破裂する夢だった。
確かその日は結局寝れなくて、朝起きてしまってテレビを垂れ流していた気がする。ようやく落ち着いて少し寝て、結局少し寝坊をした気がする。

まあ、そんなひどい日はさすがに数える程度だが、疲れていても眠れない日はそれなりにあった。中途半端に飲むとかえって酔いがさめかけたときに憂鬱な気分が湧き出てひとりで泣いた。
だから、存分に夜更かしするか酒を多く飲んだ。溶けるように寝てしまう日は、コンタクトレンズが入ったままだったりして大変不快だったが、それでも眠れたことが幸せだった。

しかし、何となく生命の危機を覚えた。大袈裟かもしれないけど、誰かに助けてほしかった。とにかく親類に迷惑をかけまいと生命保険を加入を一本増やした。

実家に頻繁に帰っていた時期、精神的な保険のつもりで父に不眠の件を伝えた。倒れる前のアラートのような気持ちだった。ほら、あのとき危険そうだったでしょ?と言いたいがために。
その時ちょうど一番寝られない時期で、寝られないだけならまだしも仕事に支障をきたしそうだったので睡眠導入剤に少し頼った時期だった。理解を示しつつも、睡眠ではあまり困らないらしい父は、薬に頼らないで寝れると良いのにねと言いつつ時折服薬状況を訪ねてきた。それで私は睡眠導入剤に頼るのをやめた。実際一番初歩的なものでも効き目が強すぎたのでちょうどよかった。

代わりの睡眠導入方法のひとつとして、テレビをつけっぱなしで寝る、というものを始めた。昔から無音で寝るのは苦手だった。ここ数年克服し始めたのに、だめだ、無音は脳内に不穏な思考を無限に産み出してしまう。きっと眠りは浅いのだろう、朝起きると眠気に絶望してスヌーズ頼りに再び目を閉じる。


160223