空飛ぶさんしょううお

北から都会に出て来て根っこのはえつつある、しがない会社員の落書き帳です。ノスタルジックだったり頭でっかちだったりしながら思う存分好きなことを好きな表現で書きます。

メトロ

電車を降りた瞬間、人は一斉に駆け出し、何かを奪い合うかのように急いで階段を駆け下りて、また一つの電車に吸い込まれていく。左側の通路は改装工事が行われており、人が無我夢中に走る様子を一層滑稽に見せた。大人のエゴによる徒競走で駅は更に騒がしくなり、かくいう私も一緒になってエスカレーターをどかどかと降り、さらに深い地下へと引き寄せられているのであった。

当たり前のように遅れてやってくる半蔵門線に、もう遅れることが分かりきっている私が急いでいる振りをして乗る。スタートダッシュの決まった日には、ギリギリの電車に駆け込み、せめてもの努力が報われる。進行方向に逆らって重い扉を何枚もこじあけ、人をかき分けながら進む。決まって三号車くらいから空いた席を探す。渋谷方面は朝の割にはがらがらなのだ。できれば女性の隣、空いていなければ身頃のスマートなビジネスマンや清潔感のある若者の隣を無意識に選んでいる。腰を掛け、軋む背筋を伸ばすように前にかがみ、膝に乗せたバッグをかかえる。誕生日に買ってもらったイタリア製のナイロンバッグは、持ち主のせいでくたくたで疲れてみえる。整頓されていないためただでさえ多い荷物が余計にかさばり、デザイナーが頭に描いた美しいフォルムを崩し、さらに中のものが露見していた。

都下に張り巡らされたトンネルを抜ける音が背後から聞こえる。その轟音で、殆どそれしか聞こえない。窓の外は停まるころに明るくなり、走り出して軌道に乗ると暗くなった。細長い車体が蛇のように、しかし高速で進む姿を頭に浮かべ、それをまじまじと見たことがあるわけではないが、四肢をばたつかせて不格好な走り姿をさらした自分を思い出し恥ずかしくなる。毎朝毎朝、同じことを繰り返す。不思議なことに、何分早く目覚ましをかけても、何分早く起き上がっても、家を出る時間はほぼ同じだ。それを私は、会社に行きたくないという気持ちの顕れだとして、受け止めることにした。人に迷惑をかけたわけでもないし、文句があるなら上が給料から差っ引けばいい。むしろ、給料が減るのなら遅刻をしないかもしれない。自分でもにくらしいほど現金なやつだ。誰かに変えてほしいのかもしれない。そんなことをぼーっと考えていると今会社に向かっているのか、はたまた帰り道なのかわからなくなりぞっとした。

目的の駅にとまると、チューブから粘度のある液体をしぼりだすかのように、驚くほどの人がゆるゆると出口へ足を運ぶ。歯磨き粉の側面が途切れ途切れにあいていて、ゆっくりゆっくり踏みにじられるような。これだけの人が街のどこに消えていくのか不思議なほど、改札の中は繁盛している。一度上ったあと、銀座線をくぐるために一度階段を降り、また上る。ところどころ空きのある構内のポスターを見て色んなことを考える。メトロの広告が多いと広告費も厳しい月なんだな、なんて職業病のような目で見ている自分にも嫌気がさす。

一年前に引っ越した街から会社への通勤は、どんどん当たり前の景色になり、どんどん身体に沁みて鈍くなった。その中できっと必死に新しいものを探していた、時が矢のように通り過ぎてしまわないように。


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