空飛ぶさんしょううお

北から都会に出て来て根っこのはえつつある、しがない会社員の落書き帳です。ノスタルジックだったり頭でっかちだったりしながら思う存分好きなことを好きな表現で書きます。

昔、とても大切にされていたストライプの靴

ずっと頭の片隅にあって、センチメンタルに浸りながらだらだらと文字にしたためたいと思い続けていたのに、そんな気持ちの余裕も持てず、ただ心を亡くした日々を消耗しながら、1カ月くらいが経ってしまいました。

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スエードの、斜めのストライプ柄の靴。
実家で眠っていた靴だ。

有名なブランドの靴で、自分で買ったことのないようなものだった。
きちんと、白くて艶やかな箱に、大切に仕舞われていた。
幅の狭い方の側面には、懐かしい文字で、靴の柄と特徴が判る絵が描かれていた。
私はその靴を手に取った。

きっと何十年も前の靴だ。私はその靴が玄関先に並んでいるのを見た記憶がなかった。
ーー押し入れで眠っているくらいなら、履いた方が良いんじゃない?
私は勇気を振り絞って、その靴に足を入れた。靴底は大変華奢で、歩くとタップダンスをしているかのような朗らかな軽い音がした。地面が分かりそうなほど薄い靴底なのに、足元にくすぶる冷気を通すことは全くなく、むしろ温かかった。この靴は、大切に扱われてきただけでなく、長い間美しく居られる所以を、もっているようだった。

フラットな底ながら、私の足を上品に彩ってくれた。それはもう、大切に履こうと思った。
がさつで慌ただしい私だけれど、物を大切にしよう。小さなところから大人になろう。女性らしく、なるんだ。この靴を履くだけで、何十年も前に全身洒落た服装で輝かしく過ごしていたであろうその人を妄想した。きっと、とてもモテたであろう。若かりしころ、きっと美しかったであろう。何となく私はこの靴を履く日、ウキウキしながら過ごすことができた。

その日もきっと、優雅に過ごすつもりだった。とはいえがさつな私がすぐにおしとやかになれる訳でもないし、幼い頃にバレエを習っていたせいでとても足の甲が高く、すぐにスエードの生地に皺が入ってしまったが、依然として他の靴たちとは違う、威厳のような堂々とした振る舞いをしていた。

その日もまた、会社を出るのが遅くなった。出張から都内に戻り、家ではなく会社へ向かったのだ。会社にいる時間が短かったせいか、あっという間に時が過ぎたように感じた。全然終わらない、全然足りないのだ。

終電の時間だ。これは、走らないと間に合わないかもしれない。
仕方なく、走った。ペチペチと甲高い音が足底から響き上がってくる。かつての持ち主に怒られる気がする、大切にしないで、無茶な履きかたをして。私のせいでこの靴が壊れたら。押し入れでスヤスヤと寝息を立て続けるのと、少し窮屈な思いをしながら外の空気を吸い込むの、どちらが幸せだった?私が履いて良かったのかな?これで本当に良かったのかな?

この靴は走るための靴ではないし、不格好に走りながらも進む速度は遅かった。
ただ、持ち主に想いを馳せて静かに何度も何度も呼んでみた、答えを知ることは出来なくて、ただ涙が溢れた。風を受け、頬から耳の下に向けて滴が伝った。誰に甘えるでもなく、目の前のちっぽけな夜景に、ただ心のなかで叫び続けただけに過ぎない。

電車に間に合い、ビジネス街の電車は、飲み屋の数に合わせて混み方が変わる。ようやく座ることが出来たとき、少しだけ皺の入った靴の甲を手で撫でる。ごめんね、って。皺に入り込んだ細かな埃は、少しとれて目立たなくなった。すると、私はほっとしてしまうのである。

160412